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十一月が始まりました 初旬号

11月になってから
少し落ち着かない日々が過ぎる

散々やった十月
そんな印象があります

たった2回続けて
週末に台風がきたというふだけで
雨に降られて散々と思ってしまう

悠人は日に日に変化してゆき
喋る言葉も表情も動作も
昨日とは一味違うところを見せてくれる

二、三日前から階段を上がるだけではなく
降りることができるようになってきた

山肌を這いあがるようにして登り
滑り台を滑り降りるように降りる

怖さがわかり始めたころから一旦は
階段に尻込みをしていたのだが
それを乗り越えたわけであろう

🍀

悠人は閏年の閏の日に生まれる予定だったのが
五日遅くなり三月五日に生まれた

こんどの子は十三日が予定日であるが
みんなが密かに少し早くなるのではないかと
期待を込めている

日々の食事の買い物も遠くへは出かけれれないので
近所で済ませて
いつでも病院へと行けるように
準備をしている

🍀 

十一月になっても
なかなか日々が過ぎないなあと思っていて

過ぎてしまえばあっという間だったってことになってます

ああ 酢豚を食べたのは一日のことで
トントンと
連休がすぎていった

十一月は雨よりも
晴れる日が多くなりそうだと
お天気の予報が出ているらしい

ひっそりと期待をしている

ちかごろ
こんな風に
ひっそりと
ものごとに期待をするようなことが
めっぽう減ったように思う

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もう少しで十月がくれるという時に台風22号 〜 十月尽

十月も暮れてゆきます

十月尽

風が秋から冬の色合いに着々と変化するのを感じた一瞬
周りの音が消えて
始まりかけた夕焼けに取り込まれてしまいそうになりながら
胸の電話に手を伸ばす

あの人に伝えたいのだという思いが湧き上がって来る
秋はセンチメンタル
けれども心は
あの人には届かない

風が呪文を教えてくれたとしても
それが秋を見送る言葉だったら
サヨウナラの哀しい別れ

あの人は遠くへいって
たぶんもう会えない人だろう

それだけに、誕生日のある
十月が終わってゆくときに
満ちはじめた半月をみて
ちょっと淋しさを感じたかも

冬が来るまでに
もう一度だけ夢を見たい

▶️  十月のある日に考える

少し前に久々に川柳を考えてみたけれど
震えるような情熱がなくなった今は
納得のいく作品が生まれてこない

▶️ まもなく

まもなく
二人目の孫が生まれます
名前はまだ考えていないみたいです

▶️ ストレス

ある人(って壇蜜日記3ですけど)の日記を読んでいて
「ストレス解消」のことに触れていた(本流ではない)

ぼくには今となっては全く無縁の言葉なのだな
ストレス

あの正体ってのは一体何者であったのか
そのことを考えると
少し哲学者になれるような気がする

 

台風が来たり寒波が来たり ♠️ 十月中旬から下旬へ

(18日19日)
トイレをリフォームして
サンマ9号を食べたりして
中旬が過ぎて行った

悠人のお父さんがお泊まりに来てくれて
ケーキも買って持ってきてくれた
悠人は食べられませんが
おゆうはんは 一口カツのトンカツを揚げました

(21日の夜)

LINE 連絡ができなくなっていましたが
iPhone を復活させるのはやめて
ラインは iPod touch でして
余分な機能はもう使わない暮らしにすることにした

連絡は PCだけです

十月中旬号

10月の18日にトイレのリフォームをはじめました
25年以上も使ってきて、そろそろ家の寿命の半分くらいかもしれないと思い切った

誕生日を13日に迎えて
柴漬けを食うて酸っぱき人生思う ─ 鴻雁来〜菊花開  十月中旬のころ
という日記をさらりと書くけど

深くまでは何も考えない日記で、昨今の自分の気力が緩んでいるのを示している

日記とはそういうものだろう

あのころは ただひたすら 果てるのを待っていたのだ
新しいことに挑む気概もなく
金がないことを言い訳にして
全ての贅沢を晩酌の時間に注ぎ込んでいた
酒ばっかし飲んで
好き放題を言って
幸せな人生やったかもしれない

いつ死ぬかは未知であるが
死んで亡骸になった私を見送ってくれる人がいたならば
間違いなくそのように言われるのであろう

それでいいのだ

 

15日に母を訪ねた

今年は甘柿が全く成らなかっという

一方で畑では渋柿がたくさん成って
母は時間の合間に干し柿を作っている

写真にはないが
数珠玉を近くの田んぼで採ってきて
お手玉をいっぱい作っていた

子どものころは片手で4つほどを回したものだと
懐かしそうに思い出していた

 

中旬が過ぎて
来月十三日に予定を控えているムスメが
十五日からプチ・引越しをしてきている

 

悠人は三月五日生まれであるから
ちょうど一年半が過ぎたところで
しっかりと行動をするようになってきた

言葉も日に日に充実しているし
こちらが喋りかける応答にも対話として認められるレベルのものが増えている